もっと動かな

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ふと思った。
文章の意味を自分で経験していることと同時に浮かぶとき、
つくづく 『そうだなぁ~』 と実感できるものですね。
シュタイナーのよく言う 思想生活に受け入れる というのは、

読書をするときに一緒に感情的にも経験をするように読む

 という意味だと改めて思いました。

私が、つくづく思った自分のことと言うのは、
少し現状に満足しているのだな・・・ ということ。
自分では意識していなかったのですが、
凄くほしいと思うものがないし、好奇心を持てるものもない。
小さな仕事の延長上ではあるのですが、
心から好奇心を抱くものがないのではと思います。
それって、駄目ですね。
やっぱり、そうだと何かに突き動かされるように頭で考えずに動く
ってことをしないで、考えているうちに薄れていき・・・
結局は、進めていれば新しい発見があったかもしれないことを
みすみす逃している可能性が高いですよね。
逃したものを見ることができないから、後悔しないだけかも。
今日の実感を肝に銘じて進みたいと思います。

彼は自分の自我を世界に向かって開かれたものにしなければならない。そのためにはまず世界に向かって楽しみを求めなければならない。なぜならそれによってのみ、世界は彼の方に近寄ってくるのだから。楽しみに鈍感であるなら、周囲から養分を摂取することを忘れた植物に等しくなるであろう。

そういうことですね。。。

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