雪の重さに耐える愛する心

シュタイナー実践、気づけば30年間近「マジか?」

人の役に立ちたい

抱負で「人の役に立ちたい」というのをよく聞きます。
印象としては、それがカウンセラーや癒し関係の仕事、
もしくは、心理学を学びたいという方向もあります。

でも、人の役に立つって誰にでもいつでも出来ることなんですよねぇ。
抱負を語る人も、母だったり夫だったり子だったりするわけで、
妻として、ご主人の栄養管理・健康管理をしようと思うと
予算や知識の範囲で精一杯にしたとして、完璧はないわけで、
母としても、父としてもベストなんて神さまくらいにしか無理ですよ。
地味でも、そういう方をもっとクローズUPして欲しいですね。

* シュタイナーが、自我性の供犠は、自分が供犠をするのに価する人間にならなくては、意味が薄いばかりか、逆に害することもある
* 自分の高められ純化された願望を通してそれを達成するであろう

といっているのがこういうことですね。

誰でも自分の職業や身内や周囲でいくらでも役に立てるけど、
『仕事にしてる』みたいな憧れをもつんですかねぇ。
実際には、足元のことを懸命にしていく人が、出会いを経て
料理研究家や栄養学など、何かのジャンルにでてくる可能性が高い。
それに、そうされて育った子供や環境は力強くなるんですよ!(^^)
自分の足元に注目し、それを地道に頑張ることがポイントですよん。
へんな話やけど、カウンセラーが街にあふれるなんて怖いもんね(笑)。
お金を払って、カリキュラムを経れば人の役にたつ仕事ができる
というより、そこから本当の苦難が始まるんですよ。
仕事は何でも大変やからね。

私の仕事を誉めてくださる方もいて大変嬉しいことやけどね。
実際は、私も仕事をして”生きているだけ”のことで、
結婚でもして、愛情込めて誰かに接するのもハードルが高いし、
自分の時間だけは、どうしても欲しい・・・みたいな奴です。
結果的に与えられたポジションがここなので今は懸命にやってます。
友人や身内にもっと色々とできる自分になるための勉強のような段階。

人の役に立つための早道なんてありません。
信頼を得るまでは『お役に立ちたい』と言っても無理です。
周囲から要請がくるまでは、頼られてないということ!
・・と、自分の肝にも銘じます~(笑)。

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