雪の重さに耐える愛する心

シュタイナー実践、気づけば30年間近「マジか?」

答えは全て自分の中に

★2005/10月号★雪の重さに耐える愛する心 ■□■□■
☆彡
タロット&神智学の智恵
【答えは全て自分の中に】
素直な喜怒哀楽【神無月】 *:・°
ゲーテの言葉 ☆彡
後記・・・
ブログは書かないの?
□■Active Tarot Reading☆

まだまだ表示や一覧などの修正していく事となりますが、
一応、HPに過去ログをUPし始めています。

ところで連休中は、どのようにお過ごしでしたか?
私は久しぶりにデスクトップをあまり起動させず
読書にふけっておりました。
お陰でシュタイナー本を3冊読めたよ、嬉しいな。
これから、もっと読書の時間を増やしたいです。(^-^)

|●タロット&神智学 の智恵
|【答えは全て自分の中に】

今回は、多くの方が購入してくださった新訳のページも書いておきます。
本の帯封には『最近テキストで甦える、わかりやすい新訳』
とありました。やっぱ、そういう意図だったのですねぇ。
なるほどです。わかりやすい現代訳っぽい反面、
部分的に直訳文みたいにダドタドしい文脈のつながりもありますが
双方の訳から上手く原文を想像してくださいね。

いかにして超感覚的(略) P.121-
真理内容も高次の生命もすべての人間の魂に内在しているから、
各人はそれを自分で見出すことができるし、見出さねばらないが、
しかしそれは魂の奥深くに潜んでいるので、さまざまの障害を
取り除いたあとでなければ、その深層から取り出すことができない
のである。どうすればそれが取り出せるのかは神秘学上の経験を
積んだ人だけが語りうる。神秘学がこのような助言を与えるとき、
何らかの真理や教義を強制したり、告知したりはしない。ただ道を
示そうとのみ努める。 
(新訳)P.129 8行目~

何らかの真理や教義を強制したり、告知したりはしない。
・・・というか、それは約束事のようなものではなく、
ただ道を示そうとのみ努める以外に、強制しても意味がないからですねぇ。

>>その意味は
子供や友人・隣人などに、
正しいことだから主張すれば通じるというのは間違いだ!
という理由と同じことです☆
いくら説明しても強制しても、相手に「気持ちと実感」が芽生えなければ
理屈だけで分かったことにはなりませんものね。しかも!
その前に、反感を抱かれては拒絶されてしまいます。
人間には、共感と反感があり、自由に拒否することが出来るのですから。

皆さま自身、病気をして初めて病人の気持ちが理解できたり、
親になって初めて、親の気持ちが分かったということありませんか?
それは自然な流れで共感でき実感が抱ける環境になった訳ですが、
そういう心境を自ら作ることが出来た場合は、多くのことが悟れます。

私が仕事でよく直面することなのですが、

「分かっています」とおっしゃってても、いえ、おっしゃる方に限り
アドバイスが無駄になることが多いのです。反感がない場合でも
実感を伴った理解を芽生えさせるには、相当な思慮深さがいるわけで。
思慮深く、真剣に理解しようとしなければ、
現実を架空の物語のように甘く見ているのと同じ結果になってしまいます
・・・・・・・・

未知の物事を理解する為には『共感と思慮深さ』 が鍵なのですd(^-^)
共感と思慮深さを意識的に育てる意味が分かってきましたね。

けれど私たちは人間ですから、
共感と思慮深さが必要だと頭で分かっても、なかなか難しいです。
どうすれば、どうにかできるのでしょうか、教えて欲しいですねぇ。

いかにして超感覚的(略) P.98
苛立ちを抑えることができない間は、どんな成果も期待できない。
苛立ちをただ抑えてみれもあまり役に立たない。その場合には、
苛立ちがますます深まるばかりである。心の表面からはそれが
消えたようにみえても、魂の奥底でますます力を強めるだろう。
次のような思考内容に繰り返し心を沈潜させ、これと心をひとつ
にするとき、ある程度の成功がはじめて期待できるようになる。
(新訳)P.98 8行目~

これは、押さえつけるのではなく、
考え方を切り替えて気持ちを転換するのが有効だといっているのですね。

次のような思考内容というのは、たとえば焦るときに
「焦って成果が促進するだろうか」 と自分に問うたり
恐れてマイナス思考をするときに、
「臆病が成果を促進してくれるはずがない」 と、
平静を取り戻す努力をする思考内容です。
たとえ、自分ではどんなに努力が出来ていると思ったとしても、
結果を焦らず、成功できるまで努力し続けるという意志です。

成果をだすには
魂の中に「促進的なもの」をどれだけおけるかなのですし、
促進や前進とは、先程の【共感と思慮深さ】により、
未知のものをどんどん吸収して歩むことなのですよd(^-^)。
魂の中に「障害となるもの(苛立ちなど)」をおくなら、
「それをただ抑えてみれもあまり役に立たない。」のは
もうおわかりの理由かと思いますが、
反感を外に向けて示さなくても、反感の拒絶する力により
何も吸収できないことに、変わりありませんから。。。
ニコニコして繕ったとしても、全然進歩はないだろうと想像できますよん。

成果を出すのに障害となる何かが自分にあるなら、
どう装っても実際には、このように未来に影響しちゃいます。(×_×;)

結局、チャンスというのは人と人の不思議な繋がりですからね☆
「適切な努力をしていたら良い時期に願いが叶うだろう」 というのは真実。
今の貴方で十分に素晴らしくても、貴方を必要としている
運命的な人が出現する時期が、もう少し後なだけかもしれないのです。

それならば、時間を無駄にせず
「適切な努力をしていたら良い時期に願いが叶うだろう」 と
そういう思考内容で生き生き過ごすことが最善でしょう。
絶対に叶えられる日が来ますから☆

そして、自分で自分を支え、すばらしさを維持する手段は...

いかにして超感覚的(略) P.99
一見無関係に思えるような小さな規則を守ることがこの場合有効である。
例えば、誰かがわれわれを侮辱したとしよう。以前には、侮辱した相手に敵意を感じ、怒りがわれわれの内部に燃え上がった。しかし、このような場合には、次のような思考内容が立ち現れる。
「このような侮辱によって私の価値が変わるわけではない、」そして、この侮辱に対して、怒りからではなく、平静な心をもって必要な処置をとる。別の誰かが不当に侮辱されたとき、当人に代わってそれをとがめる場合のように、静かに確信をもって、自分の人格に与えられた侮辱をとがめればよい。

(新訳)P.99 7行目~


私たちは、現実の色々な機会に、自分を冷静に戻すことが必要です。
それは、先に挙げました
外から吸収したもので自分力をUPする意味もあるのですが・・・・
それより、私が、いつも感じているのは、
「習慣的に不安を感じていると、不安に敏感になり不安を引き付ける」
そして
「逆に、習慣的にプラス思考で過ごしていると、
 チャンスに敏感になり、チャンスを引き付ける 」 という思いです。
それは本当か思い違いか。。。(^_^;)

内面への旅 P.84

思考内容が私たちを動かすとき、私たちの内なる本質も
思考内容になっているのです。ひとつの考えに没頭してい
るとき、同時に「私である」という思いを、それとは別に持つ
ことはできません。考えて耽っているときは「私である」ので
はなく、私たち自身が「考え」なのです。----------

上のことから、
怒りを始め不安や嫌悪感など、
くよくよ・だらだらと、マイナスの習性に耽っていたなら
それが私たち自身の本質となることが分かりましたね。なるほど。
あれこれ不安や怒りや失敗について思いめぐらせていると、それは
障害となる考え方と一体となり、障害に共感を抱いているといえるのです。

以前、例に挙げましたインドの格言
今日考えたことに、おまえは明日なるだろう
ということで、 それは、大変!
未来に、障害を招き入れているともいえる訳です。(怖っ!)

私は、このようなマイナス傾向が働いている相談者と話すとき、
自分の例も挙げて、いかに不安に浸っている心境や、
今日起こった嫌な出来事に対する文句や仕返し物語を
延々と繰り返している時間が気持ちが良いかを説明します。
それに浸ることは、一種の気持ちの良さがあることは、
私だけでなく、たいていの相談者が認めることです。

シュタイナーもカルマの形成の中で

カルマの形成 P.89

憎しみは、心魂に満足を与えるので、通常は苦悩を体験しません。
憎しみは満足に覆い隠されています。
憎しみが苦悩として外から私たちに流れてくるときに、私たちは
その苦悩に気づくのです。-----------

と、 続けて
反感が返ってくるのを拒むことはできません
....と語られています。
いやぁ~、大変です。
それは、自分の未来を思えばとても怖いことです。
なので、自分が感情に振り回されそうになる場合には、
常に、状況を平静に戻す試み が大切なのですわ。

第一に、
■共感と思慮深さにより、外界の知恵を吸収します。
第二に、
■反感と一体にならないように、臨機応変な
  思考の規則をもうけます。(転換の引き出しです)

私は、今回この課題を書かせて頂いたことに感謝しています。
それは、自分が10年前から提供し続けている「毎月の運勢」が
全くもって、共感と思慮深さ&転換訓練であることに驚きました。
もし、これをお読み頂いている中に運勢ユーザーさんがいたなら
今回の説明は、心強い希望ではないかと思います。(違う?)

つくづく自分のタロットはシュタイナー的で、
周囲の方に何かを「教える」のではなく、
相談者の方の共感と思慮深さに働きかけるものだと実感しました。
そして今回、新しい機運を発見できた気もします。
共感と思慮深さによる自分の未来を真面目に望む方々と結ばれるなら、
再び、新しいユーザーとの関係をスタートさせたいなと感じています。

カルマの形成 P.59

さまざまな論争がなされるのは、論争の対象について
未知であるということに原因があるのです。
概念をめぐる論争は、すべて無意味なものです。空気と
いうものを知らない人にとって空気は存在せず、彼岸の
ものであるのと同じく、空気と同様にあらゆるところに存在
する霊的世界を知らない人にとっては、霊的世界は彼岸
のものです。事物を洞察できる人にとっては、霊的世界は
此岸のものです。----------

例えば、『神様』や『仏様』に祈るとしますよネ。
目の前にあるキリスト像や仏像は、対象物です。
それを「像」として職人さんが作ってくれたわけです。

本来「自分の中にあるもの」を対象という形に引き出して祈ります。
対象があるほうが、祈りやすいですしね☆。でも、もし
自分の中に全く存在しない未知のものなら、祈りようがありませんよん。

■それを確認してみてください。 私が皆様に
「毎朝、あf%s9dk(文字化けではありません)に祈りましょう」
といったとしますね。
皆様は、祈れるでしょうか?
普通ならば無理でしょう。だって「あf%s9dk」ってナンなのよ!?
どう読むのよ、知らんやん。そうなりますね?

「神を自分の中に見いだす」とか「仏様は貴方の中にいるのよ」
などと表現する意味は、そういうことです。
私たち自身の中に、実感を伴った認識があるから可能なのです。

事実、私たちの魂は、
*1意識魂を通して霊界(精神界)とつながっています。
なるべく先入観ぬきで受け取って頂く用語で言えば、
叡智の世界・創造の源泉というイメージです。
そういう世界と無意識につながっているのです。だから自ずと
神様や仏様、ご先祖様に祈れるような人は、
その存在は本来「その人の中に生きている」 というのが事実です。
そこには議論という気持ちは、存在しませんね。

では、では、次に
私たちが絶対に陥ってはいけない行いをあげておきましょう。

いかにして超感覚的(略)P.28

ある存在にたいする敬意を態度に表しただけでは不十分である。
この敬意を思考内容として持たねばならない。第一に、畏敬の念を
思想生活に受け入れること、それが出発点である。

(新訳)P.12 4行目~-------

私たちは「思考内容と内なる本質がひとつになり」未来に及ぶのですから
思想生活に、実際に存在しない振る舞いは無意味で当然です。
新訳では"表面上、うやうやしく振る舞う"だけでは不十分とありますが、
当然、畏敬の念を持つことで初めて効力がでてくるわけですもの。
畏敬の念をもっているに相応しいありようは、外にも表れてくるということです。

「分かりました」と、いくら丁寧に頭を下げられても
その後の対応で、相手が何も分かっていないことが
理解できてしまうことってありますよね。
実際には「未知(この場合は分かっていない)」のなら、
的を得た言動ができる訳ないということです。
先ほど、---------------
共感と思慮深さによる自分の未来を真面目に望む方々と結ばれるなら、
再び、新しいユーザーとの関係をスタートさせたいなと感じています。
----------------------
と書きましたが、これまでネットユーザーの中には
"表面上、うやうやしく振る舞うだけ" の人がなんといたことか!
丁寧すぎるくらいの語句を使ってメールを下さるのですが、
行いは自己中心的そのものの方が沢山おられます。
表面的に「うまく操作」して通用してると自負している人や
それが賢いと思わんばかりに生きてる人もいますけどね。
それは、大きな勘違いでしょう。
良い人材からは、間違いなく避けられてしまいます。

精神不在の形式は無に等しい」 のです。

私たちに必要なのは「気持ちと実感」が伴う真の認識です。
そういう意味では、タロット習得もそうですね?
意味を記憶するだけでは不十分でしょ?
つるし人は、こういう意味 と記憶するときに、解説本の文章から
「気持ちと実感」を精神の中に生み出すことが大切ですもん。
そうすれば、個々の意味を忘れても、
実感から、答えを導き出すことが出来ます。又、
それを越えていけば、例えカードのないときも
浮かび上がってくる「実感と気持ち」により判断できる機会も増えてきます。

そう思えば
"真理内容も高次の生命もすべての人間の魂に内在している"
という考えがとても近くなってきませんか。
そして、それを引き出すには準備して高次の答えを待つのみです。
尊敬から発展へ】という回で
----------------------
経験を生かし、どれだけイケてる概念操作をしても 
概念で真実に近づけるとは限らない思考の限界.

----------------------
 を示しましたね。
悟性で知恵を使う人と、気持ちと実感の伴う認識の出来る人の
結果や人生の違いは歴然としていますよん☆彡
私たちは、後者を目指しましょ(^-^)

さて、
自分がどのようにしたら成長できるか、力を伸ばせるか
が分かってきたところで。
今後は、他者に何かを理解してもらうには、どうしたら良いか.....
も、ここから理解しておきましょう。

◆まずは外に存在している私たちの思考や存在を、
彼らの共感により、受け入れて貰うことが必須ですd(^-^)ネ!
誰も皆、自由に拒絶することが出来るのですから・・・。
◆それから、出来る限り、理屈でなく実感の伴う例えを出すことで
彼ら自身が事実に近い想像をしてくれるように促しましょう。

でないと、うわべの理解にとどまり、本当に理解したことにはなりませんから
・・・・・・・・・

他者に何かを理解して貰う方法が、なんとなく見えましたか?
それを、どこまで試してもらえるかが腕の見せどころですよん。
実践が遠い思想でなく、日常が道場である意味がよく分かりますねぇ。

自分の経験でなくても、周囲の出来事に親身になり
友人や他者の経験を我が事のように受け入れていれけば、
かなりのことが想像でき、理解できるのです。
そうしておけば、経験の代わりになる想像で
未知な事にも、かなり近い理解ができるようになるでしょう。
そうすることで、人生の打撃を受けて初めて理解できることも
打撃に至らず、事前に理解して相殺することが出来るのです。

これがシュタイナーの「自由の哲学」
意思による未来への働きかけです。

|引用___、内面への旅 P.162 ---------------------

物質界では、何かの事物を見ようとすれば、そこへ出かけて
いかなければなりません。ローマを見物するには、ローマへ
行かなければなりません。物質界においては全く当然のこと
です。ローマは私たちの方へやって来ません。
しかし霊界ではまったく逆なのです。霊界をふさわしく受け止
めるためには、魂を平静に保ち、自分の今立っていることろに
留まり続けなければなりません。そうすれば、霊界が向こうから
やってくるのです。これが事柄の本質です。
|------------------------------------------------

全ての場所を旅する必要はないし、
全てのことを実際に経験しないと分からないなら/(-_-)ヽ 困ったものです。

周囲に存在する対象物・他者とは何であるか?
人間とは、他者のために存在するものである 
とシュタイナーはいいますが、それが答えではないでしょうか。

他者とは自分に何かを知らせてくれる為の存在かもしれません。
自分が絶対に悪人にならない訳ではありませんし、
憧れの人のようになれない訳でもありません。
外にあるものは、どんなものでも吸収できます。
人間は、考えや姿勢ひとつで色んなことを吸収できるのです。
それは、とても嬉しいこと☆彡

最後に
霊界というのを、もう一度、おさらいします。
霊界は、創造の源泉であります。
あらゆる真理や物事の答えを含め、すべての源泉です。
ですから、神界とも呼べるでしょう。
それは、環境の至るところにあるのですが、
外界の事物や経過に較べると、希薄な為に
私たち人間の注意を逃れていると言うことです。

答えは、環境の背後に隠されているのではなく
私たちが受け取る準備さえすれば、
周囲の環境のいたるところから読みとれるはず!
そういうことですね(*^^*)。。。

・・・実践課程が日常で出来る訳ですから、
  皆で、スクラムを組んで進んでいきたいです。

●引用したシュタイナー著書紹介
いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか
シュタイナー選集:いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか
いかにして高次の世界を認識するか
いかにして高次の世界を認識するか

■ルドルフ・シュタイナーとは■
1861-1925年。
教育学・医学・農業・建築・社会論などの分野に
業績を残した哲学博士です。
単なるカルトおじさんではなく、ヨーロッパでは
教科書にも乗るほどの人ですので、安心してお読みください。

*;*;+*+ *:*'*+
|●実践経験&素直な言葉 
|<<神無月>>

10月は暦でいう「神無月」です。
全国の神様が出雲大社に集合して、
神様どうしが今後の縁結びや人生の諸々のことを、
話し合って決めていく会議なんだとか。
あなたのことも決めてるかもね。

本来は旧暦ということで出雲大社では
11月に神様たちのお迎えやお見送りなど
行事でにぎわうようです。

会議では
「この佐藤という奴は、まだまだ考えが甘いから
 厳しい人物と出会わせて勉強する必要があるぞ」
なんて言っていないでね、とお願いの気持ちでいっぱいです。

──────────────────────────────
|●ゲーテの言葉

 人間は社会の中で ものを教わることができよう

 しかし霊感を受けるのは ただ 孤独においてのみである

|★:*:-''☆:*:-''★:*:-''☆:*:-''★:*:-''☆:*:-''

   ・・・・・・・・後記・・・・・・・・

HPのシュタイナーページでトラックバックが出来るようになりました。
ブログを書いている方は、是非にも
読んで連想されたことや、ふとした思いつきなどなど
心情を外に出すきっかけにしてほしいなと思います。
見知らぬ関係で急にトラックバックなんて
すごく勇気がいることだとは思いますが、たまには、
精神の交流みたいなのもいいものじゃありませんか。
これを期にブログを初めてみるのもいいかもよ。
あなたの徒然、読みに行きますよん。

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