雪の重さに耐える愛する心

シュタイナー実践、気づけば30年間近「マジか?」

好みに表れる重要な秘密

★2004/4月号★雪の重さに耐える愛する心 ■□■□■
タロット&神智学の智恵
【好みに表れる重要な秘密】
素直な喜怒哀楽【最後の恋を目指して】 *:・°
シュタイナーの言葉 ☆彡
後記・・・

□■Active Tarot Reading☆

|●タロット&神智学 の智恵
|【好みに表れる重要な秘密】

感覚的なものは、あるようでいて明日一変するかもしれないもの。
それでも私達は、選択するにあたって...
保証があるとか条件が良いとかと検討して
出来るだけ失敗が少ない・安心を優先します☆
そうして進めば、明日への不安は、いくらか軽減しますし、
ハカナク予測がはずれても、
仕方がなかったと納得しやすいのです。
あぁ、でも非理論をいつくしむ気持ちも人間には眠っているのです。

無理に納得させているのならともかく
気づかないストレスになっている場合も多く
それがとても残念です。。。

できれば・・・
生き方は、それぞれが自分のスタイル・
自分で決めたように生きれれば一番良いと思います。
それにより苦しい思いをしたり、楽しいことがあったりしながら。。。。
■後悔したり、
■よくないと思ったり、
■変更したほうがよいと思えば、
周囲の色々なことを参考に変えていくのも良いでしょう。
我慢するのでなく、程度&限界を決め、
責任をもって試してみるのはダメでしょうか?

カルマ論集成3 カルマの形成 P.69
 私達は人生のなかに自由な領域をもっている。「自由があり、そのまわりを必然が取り囲んでいる」と、言われるかもしれません。必然もあります。その必然に閉じられた自由の領域があります。もし魚に思考することが可能なら、水のなかを泳いでいると水の境界にいたるので、水のなかでとても不幸だということになります。しかし魚は水の外では生きられません。魚は水以外のもの、空気などには関心を示しません。自由とカルマ的な必然性に関して、人間は現在、魚が水のなかに生きるように、通常の意識をもって自由の区域で生きます。

私達の関心は、カルマ的に関連付けられているものです。
世界の事情が容易に手に入るからといって、すべてのものに関われはしません。
興味を抱く物・縁のでるもの・交流が叶うもの等々、
一定の方向『独自の自由の区域』と関連づいているのです。
それは、魚が境界線から外へと関心がなく、外界への関わりがないのと同じ。
だから関心を抱く事・出会いのもてたことは、自分の世界の中の出来事なのです。
そのこと自体が、完成するのかどうかや、得になるかどうかとばかり、
直接的意義を問うても、迂回路として何処かに続いていることもありますし、
自由の区域で努力をすれば、産み出せるものは無限の可能性を秘めています。
感性の受け取るものに、もう1度注意を向けては如何でしょうか。
......そして何かを決めたとしましょう★

カルマ論集成3 カルマの形成 P.68
 誰かが家を建てるとしましょう。そのような決意を通して、その人は一定の方向で、自分の未来を決定したわけです。その人は自ら自由を限定したのです。しかし、その家の中には、どれほどの自由が残っていることでしょう。その家のなかで、賢明であるか、愚鈍であるかは自由です。同居人と冷たい関係にあるか、愛情のある関係であるかも自由です。その家のなかで神智学者であるか、唯物論者であるかは自由です。個々人の生活において、必然にもかかわらず自由にゆだねられたことが無数にあるのです。

ある職業に就く、結婚をした...などなど、
色々な決定をして私達は、自分の運命を進んで行きます。
それが時に自分を規定するように感じることもあります。
しかし、それは自由がないと思い込んでいるだけです。
自由の余地は、本気になりさえすれば無数にあります。
どのようにするかを考える『思い付き』を発展させることが出来るのです。

カルマ論集成3 カルマの形成 P.66
 一年かかって家が建ちました。そのことによって自由が侵害されると感じて「家ができた。私はそこに住まねばならない。それは強制だ」と、思わなければならないでしょうか。この二つのことは、通常の人生の中で、まったく平行して存在しています。かつて全力で打ちこんだものが、人生の中に事実となって現れます。

カルマ論集成3 カルマの形成 P.67
「家を建てるとしよう。だが、私は自由な人間でありたい。家を建てることによって強制されたくない。家が完成したときに、その家に引っ越したくなかったら、その家を売ってしまおう。」ということもできます。何かを行ったとき、人生のなかで本来なにを望んだのかを知らなかったのかもしれないという見解をもつこともできるでしょう。しかし、「自分の企てたものの結果に責任を取るなら、自由ではない」と言う人は、自由でありたいという”耐えざる刺激の下”にあり、その狂信に追いたてられているのです。

人生のなかの、ある決意が自分を規定する可能性は否めません。
でも、思い付くことや意識と関連づくことは意味のあること(^^)
現在、出た結果も、新しい願望も
容易にあきらめては、みすみす達成のチャンスを棄てています。
工夫することにより、相乗効果がでて
今までの規定から逆に解放されることも出てきます。

簡単に手に入るものは、簡単なものばかりです。
チャンスを本物にする為に、膨らませて暖めるのです。
すぐに、2者択一をせずに、「なんとか実現したい」と、
相乗効果のチャンスを見出すように努力しましょう。

占いを依頼されると、
■占いを参考にできる人と、
■占いにより自分の望みの達成だけ希望する人
 がいることに気づきます。
後者の人は、気持ちを完璧に満たしたいという
強い欲求はあるのですが、何も考えません。
薬物の入手でも、好きな人が自分を好きでなくても
好きにナって欲しいと要求してきます。
好きな仕事につきたいと望み、チャンスが叶っても、
その仕事が辛ければ、同僚のせいにしたり、
こんなはずではなかったと嘆くばかりなのです。
■幸不幸の大きな原因は、自分の責任を取らない姿勢と要求です。

★難しい事を志す時・何かを決意するにあたっては、不安や心配はツキモノ。
大きな障害が目の前にあることも稀ではありません。
でも、不安や障害に直面しても、次なるステップを進んでいきたいし、
進んで行ってもらいたいというのが私の希望です。
なぜなら、関心を抱くことは貴方の自由の区域内であるからです。

いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか P.79
 例えば、ある危険に直面したとき、すぐ次のように感じられるように努力しなければならない。「私が今不安を感じたとしても何の役にも立たない。不安を感じてはいけない。何を為すべきか、だけを考えればよい。」これまでの彼に指針を与えてきた様々の動機が彼を導いてくれることはもはやない。彼が行ってきた多くのことは虚栄心から発していた。しかし虚栄がどんなに無価値なものか。彼は多くのことを貪欲から行ってきた。貪欲がどんなに有害なものか。感覚の迷妄を信じていたときには、外界に或る種の支点が与えられていた。今後の思考と行為ために彼はまったく新しい動機を自分で
作りださねばならない。

最初は、支えになるものがないかのように感じるかもしれませんね。
しかし自分に自信をもつことや、善なる力を信じることを試していくと
結果が出てきます。

新しい方法で認識する以上は、失敗はつきものであり、無敗の成功は難しいでしょう。
でも感覚的な保証を支点としていたときより危険ガ増したわけではありません。
何を信じるかの支点が『自分』に変わることだけです。
大きな幸運を獲得できた人は皆、目先の安心よりも優先した
何か
に動かされました。

いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか P.81
 「また失敗してしまった。しかし、それを忘れてしまおう。そして何事もなかったように、新しい試みを始めよう」過去のどのような経験も未来への努力を妨げてはいけないのだ。

出来る努力を惜しまずに経験を積み、一層の良い判断が出来るよう
になるのみです。達成につながるからです。気持ちは常に建て直します!
良い友達もいるでしょうし、家族もいるでしょう。
そうすれば必ず、経験と反省を生かす事ができるはず!
そのためにも、目標に向って、出来るだけの経験を積み、
根気良く達成を狙うことが大切です。
達成できる自分になれば、多くのことがらが達成できるはずなのです。

いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか P.102
 願望をすべて捨て去り、しばらくは何も意図せずに学ぶことができなければならない。意図をもたずとも、学習に対する喜び、その学習内容に対する畏敬と帰依の念が強められねばならない。そうすることによってのみ、成就させるにふさわしい真の願望をもつことをも、同時に学べるのである。

自分を信じるというのは、浅はかな勘と感性で決めるのが良いことで、
現実を無視せよという主張ではなく
中身を吟味して考える習慣
自分の中に答えが出来る。正しい答えに導かれるという意味だと思います。私達は、現実に現れている事を大切に吟味することで、
表面的な視野を超えて判断できるということです。

神智学は、己を観察し、周囲や他者を一層深く観察することを、
人生の中で勉強するものです。

今回、良く出てくる『自由の区域』は、カルマの概念にも当てはまります。
自由の区域は、例えば、
家を建てることを企てた結果、家が完成したことと同じイメージです。
自分の関心のある世界『自由の区域』は、私達そのものであり、
前世に自分が何かを全力で試みようとした結果を引き継ぐため
自分が用意したものなのです。

ですから、その中で必ず関心のあるものが現れ、嫌うものも現れます。
自分が良かれと思って準備した意図があるのですから、
その意味を悲しい嬉しいだけでなく、くみ取ろうとすれば
隠された意図が見えてくる・・・・それが、神智学。。。なのグッド

私の目標は、
●目標のための努力を応援したい。
●荷物を自分の責任で持ち上げようとする人を励ましたい。
それだけです・・・・それが恋であっても仕事であっても☆
例え、いくつになってもです!

引用致しますと、
『主張に都合の良い部分のみを抜粋している』と
考えられる人もいらっしゃるかも分かりませんから
(私は、そう考える方なので・・・)
出来れば全文を読まれることが一番です☆

●引用したシュタイナー書物/イザラ書房
* いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか
いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか
カルマの形成
カルマの形成

■ルドルフ・シュタイナーとは■
1861-1925年。
教育学・医学・農業・建築・社会論などの分野に
業績を残した哲学博士です。
単なるカルトおじさんではなく、ヨーロッパでは
教科書にも乗るほどの人ですので、安心してお読みください。

*;*;+*+ *:*'*+
|●実践経験&素直な言葉
|<<最後の恋を目指して>>

私には、あきらめられない夢があります。
・・・と言いますか、
あきらめる理由もなく頑張っていることがあります。
そのために、他人が聞けばとてもつまらない節制をしたり、
反省のための無意味かもしれない時間を過ごして来ました。
ほとんど、アホとも思えます(笑)
その夢は最後の恋を探すことなのです。
若い頃には、数々の出会いがあり恋をしながら
周囲を傷つけ、何一つ幸運につなげられませんでした。
その原因が自分の身勝手など、自身にあることに気づき、
それを改善するには、じっとしておく年月が必要だと考え
この10年間を、自分を観察し人間性を磨くことに専念したのです。
専念するのに必要な禁酒をして、必要な環境のためには
飲酒以外の生活習慣も自分で整えました。
しかし、それが、いったいナンになるというと、
引用したことにならいますと、
私は自分で企てたものの範囲内で自由に過ごしてきた。
自分の思う事を実行してきただけのことだ、と言えますね。
動機は、
ただ自分が嫌だったことと、
次にする恋を、
最後にできるほど充実したもの・納得したものにしたかっただけです。
おばさんになってしまったけど、年季があける5月。
私の夢は、これからどうなることでしょうか?

■Pubzine便りの占いコラム続投が決定しました。■
また よろしく。購読は
  http://www.pubzine.com/pub_letter/
and
マガジンに関してでもナンでも気ままに書いて頂きたいGuest Bookをご用意しました~☆
>>>>書き込み直後だけ『ぷちタロット占い&私のメッセージ』が表示!
チョット嬉しい。。。

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|●シュタイナーの言葉

 感情と思考に関しては 

 誰でもまず次のように考えるべきである

 「私自身の感情や思考には 最高の秘密が隠されている

 これまで私はそのことに まだ気づくことができなかった」

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【プロフィール】
佐藤 よし子/
現在、 宗教的な物に頼らずにプラス思考で乗り切るべく
MonthlyReading&カウンセリングを相談者に実施している。

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